札幌地方裁判所 平成10年(行ウ)22号 判決 1999年2月25日
北海道小樽市東雲町六番一一号一〇一
原告
坂本昭夫
北海道小樽市富岡一丁目一六番一号
被告
小樽税務署長 佐藤靖
右指定代理人
成田英雄
右同
亀田康
右同
川村利満
右同
市川光雄
右同
沢田和宏
右同
神陽一
主文
一 本件訴えをいずれも却下する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告が原告に対し平成九年一二月九日付でした還付金還付請求拒否処分を取り消す。
2 被告は、原告に対し、四三六万五八〇〇円を支払え。
3 訴訟費用は被告の負担とする。
二 請求の趣旨に対する被告の本案前の答弁
主文同旨
第二当事者の主張
一 請求原因
1(一) 原告は、平成九年一一月二六日、被告に対し、平成三年分確定申告に係る所得税の還付金四三六万五八〇〇円(内訳 所得税二五二万六八〇〇円、延滞税一八三万九〇〇〇円)の還付を請求した(以下「本件還付請求」という。)
(二) 被告は、平成九年一二月九日、本件還付請求を拒否する旨の回答(以下「本件回答」という。)をした。
(三) 原告は、平成九年一二月一二日、被告に対し、本件回答について異議申立をしたろころ、被告は、平成一〇年一月一六日、右異議申立を却下する旨決定した。
(四) 原告は、平成一〇年二月九日、国税不服審判所長に対し、本件回答について審査請求をしたところ、同所長は、同年七月二七日、右請求を却下する旨の裁決をし、右裁決書謄本は、同年八月四日、原告に対し、送達された。
2(一) 本件回答は、抗告訴訟の対象となるべき行政処分である。すなわち、本件回答は、国税通則法七四条一項、七〇条一項一号ただし書に基づく還付金の還付申請に対するものであり、同法の右規定は、国民に対し、行政庁が応答の義務を負う申請権を付与したものと解される。
(二) また、本件回答が違法であり、被告が原告に対し本件還付金の支払義務を負うべき理由は次のとおりである。
(1) 原告は、平成二年一一月一七日、北海道虻田群真狩村字櫻川四八六番の土地を他に売却した。そのため、原告は、札幌西税務署長に対し、右譲渡に係る所得を平成二年分の所得として申告すべきであったところ、同税務署職員の誤った指導により、右について、平成三年分の所得として、短期譲渡所得八三〇万二九六〇円、納付すべき税額の二五二万六八〇〇円とする申告(以下「本件確定申告」という。)をするに至った。
(2) 一方、原告は、北海道小樽市入船四丁目四一番二ないし四及び市真栄二丁目九七番三三の各土地を所有していたところ、平成元年七月一八日、右各土地を訴外株式会社わじま商会により騙取された。そして、右訴外会社は、同日、訴外大島賢二から一〇〇〇万円を借り入れ、右各土地上に抵当権を設定したため、原告は、平成四年七月二四日、右大島に対し、一〇〇〇万円を支払った。
(3) したがって、原告の右一〇〇〇万円の支出は、所得税法六二条一項(生活に通常必要でない資産の災害による損失)の規定により、平成二年分の譲渡所得の計算上控除することができるから、原告の平成二年分の譲渡所得は発生せず、所得税は課せられないはずである。
(4) そこで、原告は、平成一〇年一月一二日、被告に対し、平成二年分の所得税について、それを零とする申告書を提出した(期限後申告)。
(5) 他方、被告は、平成九年七月三一日、原告から平成二年分の所得税として前記(1)の二五二万六八〇〇円及びその延滞税として一八三万九〇〇〇円、合計四三六万五八〇〇円を徴収した。
(6) しかしながら、右徴収に係る所得税及び延滞税は、前記(3)のとおり、被告が、原告の平成二年分の所得税額を零に更正した上、原告に対し還付すべきものであることは明らかである。
3 よって、原告は、本件回答の取消を求めるとともに、被告に対し、還付金四三六万五八〇〇円の支払を求める。
二 被告の本案前の主張
原告が主張するところの本件回答は、以下のとおり、行政事件訴訟法三条二項所定の「処分」に当たらないから、本件訴訟は不適法であり、却下を免れない。
1 行政事件訴訟法三条二項所定の取消訴訟の対象となる行政庁の処分とは、行政庁の法令に基づく行為のすべてを意味するものではなく、公権力の主体である国又は公共団体が行う行為のうち、その行為によって、直接国民の権利義務を形成し又はその範囲を確定することが法律上認められているものをいうと解すべきである。
2(一) 所得税の確定については申告納税方式が取られているが、その場合には、納付者自らが自己の所得金額及び税額を算定して申告し、その申告に係る税額等の計算が国税に関する法律の規定に従っていなかった場合や税額等が税務署長等の調査したところと異なる場合を除いて、納税者の申告により当然に確定するものとされている。
また、その申告における課税標準等、税額等の計算が国税に関する法律の規定に従っていなかったこと又は当該計算に誤りがあったことにより、納付すべき税額が過大であったり、純損失等の金額の記載が欠落ないし過少であったりした場合には、国税通則法二三条二項所定事由があるときを除いて、当該申告書に係る国税の法定申告期限から一年以内に限り、納税者は、税務署長に対し、課税標準等、税額等の更正を請求できるものとされている(国税通則法二三条一項)。
更に、税務署長は、その申告に係る税額等の計算が国税に関する法律の規定に従っていない場合その他税額等が税務署長の調査したところと異なる場合には、課税標準等、税額等について更正処分をすることができるところ(国税通則法二四条)、納付すべき税額を減少させ、又は純損失の金額で当該課税期間内に生じたものを増加ないし右金額をあるものとすること等を目的とする更正処分は、当該申告に係る国税の法定申告期限から五年を経過した後はできないものとされている(国税通則法七〇条)。
(二) しかしながら、原告は、本件確定申告に係る税額等について、右の是正措置を経ることなく、法定申告期限から五年を経過した後に、本件還付請求書を被告に提出したものであり、また、本件において、税務署員の誤った指導があったとする事実もない。
(三) そうすると、被告は、本件還付請求に対して、およそ応答の義務を負うものではなく、したがって、被告が、本件還付請求に対し、回答(本件回答。なお、右回答は口頭でなされたものである。)をしたとしても、それは、単に被告の事実上の行為に過ぎず、直接国民の権利、義務の形成又はその範囲の確定に係るものではないから、行政処分性を有しないことは明らかである。
(四) 以上によれば、原告の本件還付請求については、法的要件が具備されておらず、かつ、被告の処分が存在しないことが明らかであるから、本件訴えは訴訟要件を欠く不適法なものである。
第三証拠
証拠関係は、訴訟記録中の書証目録記載のとおりであるから、これを引用する。
理由
一 まず、本件回答の処分性について検討するに、抗告訴訟の対象となるべき行政処分とは、公権力の主体である国又は公共団体が行う行為のうち、それにより直接国民の権利義務を形成し又はその範囲を確定することが、法律上認められているものを指すと解される(最高裁判所昭和三九年一〇月二九日判決・民集一八巻八号一八〇九頁参照)。
ところで、原告の本件還付請求は、本件確定申告に基づき徴収された税金について、被告に対し、過誤納を理由にその返還を申請したものであるが、納税者に対する還付金(過誤納金)の返還自体については、法令上、納税者にその返還請求権を帰属させるに当たっては、課税処分の取消、変更等とは別に、行政庁に特段の意思表示を要するものとはされておらず(原告の主張する国税通則法七四条一項、七〇条一項一号ただし書も、右の意思表示を要することを示すものではないことは明らかである。)、納税者が、右の還付金(過誤納金)の支払を求める場合においては、行政庁の対応如何にかかわらず、国に対し、直接不当利得金として請求し得るものというべきである。
そうすると、原告の本件還付請求権については、被告による本件回答の内容如何によって、何らかの影響を受けるべき余地がないものと認められる(ただし、本件においては、本件確定申告に対し更正処分がなされていない以上、原告が実際に還付金の返還を請求し得るものであるかは問題である。)から、本件回答が原告の権利を形成し、その範囲を確定する法律上の効力を有するものでないことは明らかである。
したがって、本件回答は、抗告訴訟の対象となるべき行政処分には当たらないものといわざるを得ないから、本件回答の取消しを求める原告の本訴請求(請求の趣旨第1項)は不適法なものというべきである。
二 次に、原告の被告に対する還付金の支払請求(請求の趣旨第2項)についてみるに、税法上生じる還付金の債権債務は、国に対する一般の債権債務と同様、国に帰属するものであり、行政庁に帰属するものでないことは明らかである。したがって、被告は、本件還付金の支払請求の相手方として、その適格を欠くものであり、原告の被告に対する本件還付金の支払請求は、その点において不適法というべきである。
三 以上によれば、本件訴えはいずれも不適法であるからこれを却下し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六一条を適用して主文のとおり判決する。
口頭弁論終結の日 平成一一年一月二八日
(裁判長裁判官 持本健司 裁判官 中山幾次郎 裁判官 近藤幸康)